豊穣たる熟女たち
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豊饒たる熟女たちとイタリア料理を食い、船橋の港を見る



豊饒たる熟女の皆さんと半年ぶりに会ってランチを楽しんだ。船橋駅の構内にある少女像の前で落ち合ったが、今回はM女の姿はなく、T女とY女が来ている。M女とはなぜ連絡が取れないのかね、といったところ、いくら電話で呼んでも出ないのですよ、という。一度は連絡がついたのだが、その後音信不通になったというのだ。まあ、仕方がない、三人でイタリア料理でも食おうか。

目抜き通りに面した今日和というイタリア料理店に入った。そこでアンチパスタを三皿、パスタを三皿を注文し、生ビールで乾杯した。それぞれ近況を述べ合うに、二人とも家族ともどもコロナにかからず、無病息災で暮せたそうだ。もっとも、Y女は、田舎で死んだ母親の葬式にいけなかったそうだ。東京方面ナンバーの車は立ち入りを拒絶されるのだという。理由はコロナをはばかっての自粛運動だそうだ。母親の葬式に出るのもダメなのかい、といったところ、村落全体の申し合わせなので、例外は許されないという。なんだか気の滅入る話である。社会の同調圧力が高まる余り、親の葬式にもろくろく出られなくなっているわけだ。

T女のほうは、最近癌で死んだ知人のことを語った。その人が癌の診断を受けた時にはすでに手遅れの状態で、余命三か月と言われたそうだ。手術をすれば多少の延命はできるというので、その延命にかけて、手術を受けたのだったが、術後も痛みから解放されず、苦しみながら死んでいった。結局七か月しか生きられなかったので、何のために手術をしたのかわからないほどだった。それにつけても、死を前にして延命にこだわるのは利口ではないかもしれませんね、というので、小生も無理な延命にはこだわりたくないと思っていますと言った。ただ、痛みは困るので、痛みを制御してもらうことだけはお願いして、あとは自然の勢いに任せたいと言ったところ、二人ともうなづいたのであった。

そんなわけで、T女は健康に心をくばり、毎日リンゴ酢を飲む一方、週に二回公営プールに出かけて行って、立ち泳ぎをしながら体力を鍛え、ついでに知力の鍛錬もしているのだという。見上げた心がけである。

あなたはどうですの、と聞かれたから、このコロナ騒ぎの間は、旅行もできず宴会も自粛したおかげで、非常に退屈させられましたが、いよいよコロナも収束し、そろそろ外に出歩くようにしています。体力を鍛える一方、知力のほうもまだまだ衰えません、と答える。

料理の味はまずまずだ。アンチパスタには、帆立のカルパッチョ、トマトとモッツァレラチーズのコンビネーション、スモーク・サーモンのマリネ、パスタには、イカスミ、ペペロンチーノ、ボンゴレロッソを食ったのだが、とくにイカスミがうまかった。イカスミを食うと、翌日には黒いのが出てきますよ、と言ったところ、二人とも眉をしかめて、いやですわ、と声をそろえて言った。

生ビールを追加し、ピッツァを注文する。ピッツァは彼女らの好きなマルゲリータである。小生は生ビールを切り上げ、赤ワインを飲みながらマルゲリータを食った。その後、小生がトイレに行っている間、彼女らはドルチェの品定めをしていた。結果彼女らは白玉を、小生はチョコレートケーキを注文した。小生がチョコレートをまずそうに食うのを見て、甘すぎるのがいやなんでしょう、というから、いや今日は朝方から論文を三本も書いて、脳が披露気味だから甘いものがいいのさ、と強がりを言った次第。

店を出ると、小雨が降っていたが、Y女がどこか散歩しましょうよというので、港のほうへ向かって歩いて行った。海老川にさしかかると、漁港が目の前に広がって見える。橋爪から下へおりて、河口沿いに港の様子を見て歩く。まず川の水の汚さに驚いた。ゴミが浮かび、悪臭が漂っている。船の多くは破損し、中には腹をさらしてひっくり返っているのもある。荒涼とした眺めだった。川がこんなに汚いのは、河川管理者である千葉県が仕事をさぼっているせいだろう。そんな県の怠慢を漁師たちは非難する元気もないほど沈滞しきっている様子が、港の荒涼たる眺めから伝わってくる。深刻な漁業不良に苦しんでいるのだろうか。ひとつ、あさりとり用の仕掛けが目に付いたが、水がこんなに汚いのでは、上等のあさりは収穫できまい。

河口のあたりを歩き回っている間に、小生は方向感覚を失ってしまい、どちらの方向へ歩けば船橋駅に向かうのかわからなくなってしまった。そこでバッグから磁石を取り出し、方角を確認したところ、その様子を見た彼女たちは、そんな大げさなことをしなくても、私らがちゃんとわかっていますよ、とたしなめられた。小生は生まれながらの方向音痴なのである。

こんな具合に、気楽に過ごした半日であった。



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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2012-2018
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