豊穣たる熟女たち
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豊穣たる熟女たちとイタリア料理を食う:船橋フェルマータにて

豊穣たる熟女の皆さんと久しぶりに会った。新年会の際に、夏にはどこかにハイキングでもしたいねと言っていたので、秩父あたりで遊ばないかと誘ったところ、三人とも身体のどこかに故障を生じて、とてもハイキングどころではありませんという返事が返ってきた。それじゃあ、なにかうまいものでも食いながらおしゃべりをしようということになった。うまいものを食いながらおしゃべりするほど楽しいことはないから。そんなわけで、新年会の時同様船橋で待ち合わせ、西武デパートの中にあるフェルマータというイタリア料理店に入った次第だった。

テーブルに着くとすぐに前菜が出て来たので、生ビールで乾杯しながら近況を語りあった。Y女は、腰痛は大分和らいできたけれど、今度は足が痛むようになって、それが夕方になると特にひどく痛む、そんなわけでまだハイキングどころではないと言う。するとT女が、その割にはこないだなんて、旅行を楽しんだりしてたじゃないの、と突っ込みを入れる。ツアーの旅行だから、歩かないでもすむのよ、とY女。

T女のほうは、これまで病気らしい病気をしたことがなく、また身体の何処かが痛いということもなかったのだけれど、最近ぎっくり腰にかかって痛みに苦しんでいるのだと言う。そりゃ大変だ、痛いのはいやなもんだからね、小生もときどき六十肩に見舞われて難儀をすることがあるよ。まあ、無理をせずに大事にすることだね。

M女は、前回見た時からいくらも経っていないのに、かなりやせているのに驚いた。頬のあたりなどこけて見える。いったいどうしたのかね、と尋ねると、心労が重なって激やせしたのだという。亭主が突然動けなくなったので、びっくりして病院に連れて行ったら、なんとかいう難病だと言われた。それがショックだったのと、亭主の介護が重なったりしたのとで、心労のため激やせしたのだそうだ。年を取ってから痩せるのはよくないというから、夫君はともかく、自分のことを大事にするんだね。

そこへ店長が出てきて愛想を言う。お客様と同じ苗字の店員がここにいるのですが、日頃から珍しい名字だと思っていましたところ、その名前で予約が入りましたので、てっきりこの店員の親戚かと思いました。ところが本人に確かめてみたところ、そうではないといいます、それにしてもめずらしいお名前ですな、などと言いながら愛想笑いをうかべる。そこで、小生の苗字は福島県と宮城県に多いんだよと教えてやったところ、その店員は山形県の出身だと言っていたが、その後しばらくしてその店員を伴ってきて、よく聞いたらこの男の父親も福島県の出身だそうです。もしかしたらお二人は遠い親戚かも知れませんね、などとお世辞を言う。その店員までが嬉しそうな顔をしているので、なんだか妙な気分になった。

料理のほうは、前菜の後、リゾット、パスタ、魚料理、肉料理が次々と運ばれてきた。ちょっと塩味が利いていないでもなかったが、まあまあの味だ。熟女たちも満足している。

ところで昨日の地震はすごかったね、マグニチュード8.5というから、規模としては関東大震災の時の7.9より大きいわけだ。さいわい震源が深かったせいで深刻なことにはならなかったけれど、その数日前にも大きな揺れがあったし、なんだか気味が悪いね、と皆で語り合う。もしかしたら、近い将来、私たちの生きている間に、関東大震災のような巨大な地震が起きるかもしれないなんて、不安な気持ちになるわ、と熟女たちは口を揃えて言う。

我々の世代はいままで運が良すぎたのさ、と筆者が講釈する。我々は戦後生まれだから、戦争を知らないし、物心ついた後では世の中が好景気続きでなにもかも順調に見えたし、年をとったあとでも、なんとかかんとか平安無事で暮らしていられる。こんなラッキーな世代は、日本の歴史上他になかったと思うし、世界的に見たって、我々は稀有な世代だと思うよ。このまま何事もなく死んでいければ、ラッキー尽くしで結構だけれど、そんなにうまくいかないかもしれないね。そのうち、巨大な地震に見舞われてハルマゲドンのようなひどい事態が起こるかもしれない。そうでなくとも、最近の政治家には戦争好きな人間が増えて、いけいけどんどんで戦争をやらかさないとも限らない。地震ではなく戦争で大変な騒ぎに巻き込まれないとも限らない。

そんなふうに言うと、いやあね、と熟女たちはため息をつく。地震も戦争も沢山だわ。

筆者は生ビールを二杯飲んだ後白ワインに切り替える。熟女たちは、もうアルコールは沢山と言う。うわばみを自認しているT女までが、ウーロン茶を飲んでいる。めずらしいね、どうしたのさ、と冷やかすと、年をとったせいかもしれないわね、などと言う。もしかしたらそうかもしれない。筆者も生ビール中ジョッキ二杯で真っ赤になり、店長から冷やかされる始末だから。

年の話が出たついでに、彼女たちの孫の話に及んだ。M女は二人の子どもに五人の孫ができた、Y女は三人の子どもに六人の孫が出来た。T女は一人娘にいまだ子どもができないので、孫はいませんと言う。道理で気分が若いわけだ。筆者にも、まだ孫はいないが、筆者の母親は、彼女たちの年齢の時には、四人の子どもに七人の孫がいた。孫がいるのは心強いもんだろうねと、筆者は自分の母親の生前の顔を思い浮かべながら言う。そりゃ、いればいるで可愛いけれど、それなりに大変なこともありますよ。私なんぞはこの年になって、亭主の介護もせねばならず、そのうえ孫のお守りまで期待されては、体がいくつあってもたりません、とM女がこぼす。

コース料理がひととおり出て来たところで、みな満腹そうな様子に見えたが、以前小川町のイタリア料理店で、コース外にピザを食ったことを思いだし、どうですマルゲリータ・ピザでも食べて見ませんか、と筆者が誘う。そうね、もうお腹がいっぱいだけれど、ピザ一つを四人で食べるのなら、まだお腹に入る余地はあるかもね。

そんなわけで、一枚のピザを四人で分け合って食べて、お開きとした次第。このピザを焼いたのは、お客様と同じ苗字のコックなのですよ、と店長がわざわざ解説してくれたのであった。





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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2012
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