豊穣たる熟女たち
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豊穣たる熟女たちとの新年会:船橋東魁楼にて


豊穣たる熟女の皆さんと、久しぶりに集まって、新年会を催した。一昨日(一月十五日)の夕方のこと、会場は船橋本町通りに面した中華料理屋東魁楼だ。この店は、戦後営業を開始したところからも、そう大したいわれがあるわけではないが、船橋全体が余り歴史を感じさせる街ではないので、船橋のこの手の店の中では一応老舗として通っている。味はそれなりで、値段もリーズナブルというので、地元の人には結構人気があるらしい。

待ち合わせの時間(午後五時半)にJR船橋駅の改札口前に着いて見ると、四人のメンバーが間髪を入れずに揃った。この日は朝から霏々たる雨が降り、それが夜半まで降り続くという予想だったが、我々が揃う頃には、止んだのだった。別に不思議なことではない。メンバーの中に晴女がいて、どんな雨でも止ませてしまうという神通力を持っているのだ。先日若狭三丹地方に、あひるの仲間たちと旅行した際にも、やはり晴女が一人いて、彼女の神通力が、天気予報を変えてしまったことがあった。小生のお仲間には天気を左右できるような神通力の持ち主が、要所要所にいるというわけなのである。

予約した際には、個室は他の予約で塞がっているということだったが、店に入って見ると、個室に案内された。おおかた朝からの大雨で、予約のキャンセルがあったのだろう。

とにかく一年ぶりの再会というので、まずは乾杯した。お互いこの年になると、年を重ねることのおめでたさがわかるよね、と言いながら。

昨年は本八幡の懐石料理屋で新年会を催した後、夏にハイキングをしましょうということになっていたのが、熟女のそれぞれに大事が起こって、なかなか思うようにならないという事情があった。そこで、熟女の皆さんに、近況を聞いてみた。

Y女は、昨年の初夏の頃に腰痛を感じるようになり、それがなかなか収まらないので、医者に診てもらったところ、椎間板ヘルニアが二か所に見つかったのだそうだ。医者からは手術を進められたが、成功率はフィフティフィフティだといわれて、やめることとし、ひたすら安静に専念していたのだという。それがもう半年以上にもなるのだが、最近になってやっと痛みも治まり、近いうちに職場復帰できる見通しもついてきた、というのである。

T女は、自分のことではなく、娘のことで心労が絶えなかったという。こちらは、さる病気にかかり、それがなかなか厄介な病気だと言うので、母親の自分としては気が気でない。自分のことよりも心配なのだそうだ。その気持ちは、小生にもわかるような気がします。

この二人に比べると、M女の方は、全く別のことで忙しいのだそうだ。それというのも、息子の嫁さんが昨年の初夏に三人目の子どもを産んだのだが、その世話を自分が一人で背負うことになった。嫁さんの両親が、私等は疲れ果てたので、是非旦那のお母さんに頑張って欲しいと言われ、仕方なく引き受けることになったものの、これがまた大変で、毎日が戦争のようだという。それも小生にはよくわかるような気がします。

ところで、M女が言うには、この三人目の孫は、女の子なのだが、生まれた時に4キロを遥かに超える重さがあって、おかげで母親はお腹を切られる羽目になった。生まれた後でも成長が早く、いまは巨大な団子を見るような健常ぶりなのだという。あまりに肥っているので、お多福のような顔をしている。そこでわたしはこの子を、ぶーちゃんと呼んでいるんです。ぶーちゃんのブは、ブスのブですよ、とM女は言うのだが、いくらなんでもそれでは、孫娘がかわいそうだよ。

ところであなたの近況はどうなの、と熟女たちは小生に話を振る。いやあ、あいかわらず毎日判で押したようですが、充実した人生を送っています。午前中は書き物をし、自分の手作りの料理で昼餉をした後しばし昼寝をし、その後は近所を散策しながら、あの有名な哲学者カントよろしく思索に耽ります。家へ戻ってきてからは、好きな書物を読むうちに細が勤めから帰ってきますので、それを出迎えます。そして、二人で夕餉の食卓を囲み、取り留めのない話をしながら夜のひと時を過ごします、といった具合の話だ。

でも、ひとりでいながら退屈もしないでよく毎日暮らしていられるのね、と熟女たちは不思議そうな表情をする。わたしたちも、あなたのように退屈しないで毎日を過ごせるなら、今にも勤めをやめたいと思うのだけれど、会社勤めをやめて家に引きこもると、社会からつまはじきになるのではないかと不安なのよ。その不安さえなければ、明日にでもやめるんだけれどもね、と熟女たちは口を揃えて言うのだ。

そんなに無理をしてやめることもないよ、と小生は熟女たちを励ます。人にはそれぞれ自分にあった生き方があるのだから、それを貫けばいいんだよ。小生の場合にはたまたま、孤独を愛する性分もあって、一人でいることが苦にならない。でも世に中には、一人でいることに耐えられない人もいる。人それぞれさ、となんともわけのわからぬことを言っているところへ、この日のメイン料理たる北京ダックが運ばれてきた。

それがなかなかの迫力だ、あひるの一匹まるまるの丸焼きが台車に乗せられて運ばれてきたかと思うと、我々の目の前でその丸焼きの皮を料理人がでっかい包丁でそぎ落とした。とにかく丸々と肥ったあひるの姿そのままに、テカテカに光っている、その光った表皮が、次々と削ぎ落されて皿の上に落ちる。中々の見ものだ。ところが、表皮の半分くらいを削ぎ落したところで、料理人は残りの部分を運び去ってしまった。それを見ていた熟女たちは、皆一様に眼をきょとんとさせ、残りの部分を持ち去られたのがさも残念だという表情をした。

北京ダックというのは、皮の部分を食うのがミソだから、その他の部分はああやって持ち去ってしまうのさ。こう小生が説明しても、熟女たちはなかなか納得できないでいるらしい。あたかも、大事なものを盗まれたような気持でいるようなのだ。だが、それに代る料理が次から次へと運ばれてきたので、熟女たちも不満をいっているわけにいかなかったと思う。なにしろ食べるのに忙しかったから。

そんなこんなで、一年ぶりの再会も楽しく過ごすことができました。これからも仲良くしていきましょう、と言いながら散会した次第であった。





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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2012
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