豊穣たる熟女たち
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豊穣たる熟女たちと芦ノ湖に浮かぶ



未明隣室より漏れ聞こえてくる熟女たちの話声で目をさます。そのまましばらく布団のなかで温もっていたが、やおら飛び出すと浴衣姿で浴場に行き、湯につかった後髭を剃った。昨夜とは男女所を入れ替えてあったので、婦人用の小さな浴室だったが、これが四十二度のお湯しかないとあって、体が十分に暖まらない。中途半端な温まりようで部屋に戻り、テレビなどを見ているうちに、M女が食事の用意ができましたよと言って迎えに来た。

皆すっきりした顔つきをしている。聞けば六時前に起きて朝風呂に浸かったのだという。道理で顔色がいいはずだ。それぞれに席に着くと、T女がビールを一本運んできた。朝から粋な計らいだ。

九時半頃宿を辞し、例のゴンドラに乗って温泉街まで上り、登山鉄道に乗って強羅に至り、そこからケーブルカーで早雲山に上り、さらにロープウェーのゴンドラに乗った。旅館用の小型のゴンドラに比べれば、こちらは十八人乗りの大きなゴンドラだ。安定感は抜群だが、高所恐怖症の筆者には窓の外を見下ろす勇気がない。じっとうつむいていると、熟女たちから笑われる。笑われてもこれだけは如何ともしようがない。

ゴンドラは大涌谷でいったん停車した。我々は停留場の外に出て、大脇谷の雪景色を堪能した。正面に富士がくっきりと見える。レストハウスに入ってコーヒーを飲み、名物の黒卵をそれぞれ土産に買った。

再びゴンドラに乗って桃源台を目指す。今度は芦ノ湖に向かって下りの筋だ。次第に地面に近づいていくので、恐怖感の方も和らいでいく。ややして桃源台に到着するとそのまま海賊船の発着場に向かった。ところが雪の為運行停止とある。

強風とか大雨のためというならわかりもするが、何故雪のために船が欠航になるのか。ともあれ代替手段で元箱根まで行こうと思い、折よくやってきたバスに飛び乗った。ところがこのバスは箱根園止まりだった。そこから元箱根までは、雪の中を歩ける距離ではない。乗り継ぎのバスは、山のホテル行きが一時間半後に出るという。山のホテルから元箱根までなら歩けないこともない。

時間を待つ間に食事でもしていようと、皆で語らいつつ、とりあえず渚の方へ出てみた。すると、どういうタイミングか、海賊船とは別の会社の遊覧船が、じきに元箱根を目指して出航するという案内が流れた。筆者らは、迷うことなくこの船に乗った次第だった。

そんなわけで、一度はあきらめた船の旅を、図らずも楽しむことができた。旅と言っても二十分足らず。船内は我々のほかに二組の客があるばかり。のんびりとした旅だ。

元箱根に着く前に関所跡に立ち寄ったので、予定を変更してここで下船した。船着場の隣りは関所資料館になっていて、往時の関所の様子が再現されているという。我々はこれを見物し、その後杉並木を通って、元箱根まで歩くことにした。途中の道には雪がかなり積もっていて歩きにくい。昨夜にもかなり降ったらしいことは、あちこちに新雪を見ることでわかる。とりわけ杉並木の間の道はうずたかく積もっているらしく、そこは通行止めになっている。だから我々は大きな道を車を気にしながら歩かねばならなかった。かくして靴をびしょ濡れにしながら、やっとの思いで元箱根に着いた次第だった。

すっかり体が冷えたから、お昼には暖かいものが食べたいと皆がいうので、箱根神社の大鳥居の下にある蕎麦屋に入った。ここで鍋焼きうどんを注文したら、蕎麦屋のくせに鍋焼きはやってないという。となりの軽食屋でやっているので、どうしても食いたかったらそちらに行ってほしいが、もし食いたい人間が一人二人なら、自分が運んでこないでもない、そんなことまで云いだすので、我々は鍋焼きうどんはやめて、カレー南蛮そばを食った次第だった。それでも熟女たちの体は十分に暖まったようだった。筆者がビールを飲んだのはいうまでもないことだ。

ところでこのたびの旅館の湯は、筋肉痛や神経痛に効くという触れ込みだったけど、どうもその兆候が見えないね、ぼくは昨夜から三度も湯に浸かったけれど、一向に腕と肩の筋肉痛が収まらない、このところずっと、筋肉痛に悩んでたんだ。そう筆者が言うと、熟女たちは、たった一晩で効用が現れるわけないわよ、ある程度長い時間滞在して、何回も浸からなければだめよ、と口を揃えて云うのだった。

またこうも言われたのだった。筋肉痛になったのは、隠居生活で筋肉を使わなかったせいだと思うわ、毎日体操に励んで筋肉をほぐさなければだめよ、と。





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