豊穣たる熟女たち
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豊穣たる熟女たちと戦場ヶ原を歩く




昨夜来風雨の音すさまじくしばしば眠りを破られたが、夜明け過ぎには勢いが弱まった。起床して朝風呂を浴びる。すこぶる気持ちがよい。髭を剃り、八時前に一階の大広間に下りて朝食をとる。バイキング方式だ。よく眠れましたかと熟女たちに聞くに、雨の音がうるさかったけど、十分睡眠を取ることができましたという。では今日も頑張って歩きましょう。

雨は九時過ぎには完全にやんだので、九時半ごろ旅館を辞して、湯の湖の周囲を反時計回りに歩き戦場ヶ原を目指した。すると歩き出してまもなくM女が不安を訴え、足手まといになるといけないからわたしだけバスで行きますと言い出した。そんなことを言わずに一緒においでよ、今日は昨日よりずっと平坦な道だから、と言い慰めて一緒に歩いた。

しかし湯の湖に沿った道は結構起伏があって、歩くのに難儀する。高低差はさほどないのだが、道がでこぼこしていて、上ったり下りたりを繰り返さなくてはならない。M女は遅れがちになりながら必死になってついて来た。

やがて湯滝に差し掛かる。上から水しぶきを上げながら水が落下するところを見下ろした後、急な石段を降りて瀑布の下に出、水の落ちる様子を下から見上げた。なかなか迫力がある。竜頭の滝より規模が大きいのではないか。

湯滝を過ぎたあとも道のでこぼこは続き、時々はかなりきつい上下があった。自分の記憶では、戦場ヶ原は尾瀬と同じような平坦な板敷が続いているはずだったが、実際はこのような厳しい道が半分ほどを占めていたわけである。人間いやなことは忘れて楽しかったことばかり覚えているものだ。

川沿いの道を出て戦場ヶ原の湿原に入るとやっと平坦な道になった。M女によく頑張ったね、これから先はこんな平坦な道が続くからずっと歩くのが楽になるよと声をかける。そこで熟女たちの元気な様子を記念撮影する。美人にとってくださいね、と熟女たちが言う。そこは素材次第です、と小生は答える。

赤沼まであと三十分ほどのところでT女がトイレに行きたいと言い出した。しかし地図をたしかめても周囲にトイレはない。赤沼まで我慢できるかい、もしできなければその辺の草陰で用を足しなさい、僕が見張っているから、そう言うとM女が俄然元気になって、こんなところで広げたら蛇かサンショウウオかなんかにパクッと食われるよ。ほら古事記にもあったでしょ、なんとかいう女神が川で広げたところ蛇が寄ってきてホトを食われてしまったって、蛇にはよほどそれが珍しかったんでしょうよ。こうM女に言われてT女は腹を抱え、笑わせないでよ、漏れちゃうから、と叫んだ次第だった。

湿原に花を見ることはほとんどなかったが、まれにリンドウが咲いているのが見えた。Y女に促されて見るリンドウの花は小振りで、色は地味な薄紫だった。ここの花の盛期はやはり夏なのだろう。夏にはニッコウキスゲが湿原全体を埋めるように咲き乱れるという。また、もうしばらくすると樹木が紅葉し、見事な眺めを呈するはずだ。いまごろは中途半端な季節なのだろう。もっともそれなりの情緒はあったけれど。

小学生の群とすれ違った。修学旅行らしい。元気いっぱいに挨拶してくる集団もあれば、黙々として歩くばかりの集団もいる。指導者の資質次第でこのような差が生まれるのだろう。

赤沼の停留所にある山小屋風の食堂で昼食とした。女主人が言うには、ここは一年のうち半分が雪に蔽われていて、冬は暮らしづらいが夏は涼しいのだそうだ。一方日光市内のほうは、冬でも雪が積もることは少なく、暮らしやすいと言う。

食後日光行きのバスに乗り、東武日光駅で下りた。駅前で買い物をしたあと、普通列車に乗り、下今市で特急きぬがわ号に乗り換え、五時四十五分に浅草駅に着いた。その後、先日花見のあとで立ち寄った塚田農場という店に入り、生ビールを飲みながらしばしの歓談を楽しんだ。先日食った馬肉がうまかったので、それをふたりで一皿づつたのんだ。一皿あたりの分量が結構ある。熟女らはどういうわけか、馬肉を食いながら泥鰌の味の品定めをしていた。

ともあれ、何とか無事に帰ってこれてよかったね。M女もよく頑張ったね、一時はどうなるかと思ったよ。全体としてはいい旅だったけれど、図らずも体力の限界を覚りました、これくらいのハイキングは朝飯前と思っていたけど、そう思う心に体がよくついていかない。やはり年なんですね、そう小生が言ったところ、あなたは四人の中では一番元気でしたよ。歩く足取りもしっかりしていたし、まだ体力に余裕があったんじゃないですか、と熟女たちは言う。そこで小生は、それは外目にそう見えるだけで、本人としてはやはり大変でした。先日尾道に行ったときには自転車を漕いで島巡りをしましたが、それが無謀な行為だったとあとになって思い知りました。今回も同じようなものですよ。いつまでも若いつもりで、無謀なハイキングを計画するのはもう止めたいと思います。次回からは、平坦な道を歩くか、あるいは温泉につかるのに専念するか、もっと年寄りらしい旅の計画を立てましょう、と言ったのだった。





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