豊穣たる熟女たち
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豊穣たる熟女たちと堂ヶ島の温泉に浸かる



投宿先は大和屋といって、宮ノ下温泉の一角にあるが、これが簡単にはたどり着けないようになっている。渓流の流れている谷間の底にあって、そこに行くには温泉街の道端からゴンドラに乗って下りて行かなければならないのだ。そのゴンドラというのが、いかにも頼りなげで、いつ落ちても不思議ではないといった代物なのだった。我々はそのゴンドラに恐る恐る揺られながら、旅館のある谷底へと降りて行った次第であった。

ゴンドラを降りると宿屋の主人が待っていて玄関に案内された。建物は木造でいかにも古そうだ。何でも百年以上の歴史があり、かの松本清張が執筆のために長期滞在したこともあるそうだが、不景気の為か、保存の状態はあまり良くないらしく、部屋の中に入っても寒い。立てつけが悪くなっているせいで、隙間風が入り込んでくるのだろう。エアコンを三十度くらいに設定しても少しも温かくならない。

ともあれ温泉に浸かって温まろうということになった。筆者が内風呂の大浴場に浸かっている間、熟女たちは野外にある露天風呂に浸かりに行った。

筆者の入った風呂は旅館の規模の割には大きく、岩でできた湯船が二つあった。ひとつは四十二度くらいに、もうひとつは四十三度以上に設定されている。四十二度のお湯につかっているだけではなかなか体が温まらないので、時折は熱い方に入る。だがこれが必要以上に熱いので、長く浸かっているとすっかりのぼせ上ってしまう。おかげで筆者は湯あたりをして、気分が悪くなる始末だった。

湯あたりを鎮めるために、布団をかぶって小一時間転寝をしたら、なんとか気分が収まってきた。するとM女が食事の支度ができましたよと言って迎えに来た。食事の席は女部屋に設定されていたのだった。

湯あたりが治って気分がよくなった筆者は熟女たちを相手に他愛もないおしゃべりをしては小宴を楽しんだ。料理のほうはあまりうまくはなかった。刺身は出てきたが、メーンは肉料理。豚肉のようなものをすき焼き風に煮込んだものだ。豚肉のようなと言ったのにはわけがある。豚肉にしては肉が赤すぎるし、イノシシの肉にしては歯触りが柔らかすぎる。そこで仲居さんに何の肉だと問いただしたところ、箱根豚という答えが返ってきた。どうも、イノシシと豚のアイの子らしい。

この仲居と言うのがまた面白い老女だった。給料が安いだの、待遇が粗末だの、雇い主の悪口ばかり言うのだ。今は一人身でこの旅館に住みついているが、週に一度休暇を貰って町へ出かけるにも、ゴンドラに乗せてもらえず山道を歩かなければならない、年老いた身にはそれが応えるという。ここの主人は年老いた従業員の健康を気遣うほどのやさしさがないのだと、悪口の限りだ。

だが、そういいつつも、この旅館に住みついてもう四年になるという。だから、第三者の目にはそんなにめちゃくちゃな待遇とも思われない。

食後、席を片付けたあとは布団を三組敷くというので、筆者の部屋に移って二次会をした。そこで家から持参した芋焼酎をお湯で割って飲んだのだが、熟女たちはもうすっかりいい気持だから要らないと言う。そこで筆者ばかりが一人で飲んでいるうちに、すっかり酔っぱらってしまったようだ。どんな話をしたか、詳しく覚えていないのだ。ただ、部屋の中があまりにも寒いので、熟女たちが毛布をかぶりながら震えていたのを覚えている。

十時過ぎに二次会を切り上げ、もう一度風呂に浸かって、体を十分に温めてから、寝床にもぐり込んだ次第だ。





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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2012
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