豊穣たる熟女たち
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豊穣たる熟女たちと西銀座を歩く

豊穣たる熟女の面々と西銀座を歩いた。前回新橋のガード下を覗き歩いた帰りに西銀座の高速下沿いに伸びるおしゃれな街並みに感心して、是非ここで忘年会をしようよと語り合っていたのだったが、その思いを実現させたということなのだ。

いつもの通り馬喰町駅で待ち合わせ、新橋の駅で下りて、高速道路沿いを有楽町方面に歩く。洒落た店が連なっている。日曜日の夜だというのに、大勢の若者が繰り出している。我々は有楽町寄りの西銀座インというブロック内にある、洋風の食堂に入った。

席に着くとまず、ソウル土産のアメジストの飾り物をひとりずつに贈った。携帯電話用のストラップだ。すこしづつデザインが異なっている。

「どうもありがとう、ところで韓国では烏を見かけなかったでしょ?」とT女が変なことをいう。
「韓国の人は烏を食べるのが好きなんですって。烏は見つけられ次第、つかまって食べられちょうのよ。だから韓国には烏の姿が見えないって、この間韓国旅行をしたときにガイドさんがいってたわ」
「そういえば、見かけなかったような気がするな。東京ではどこでも見られるのに、ソウルには一羽もいなかったような気がする。そういえばカササギの姿も見かけなかったね」筆者がそういうと、
「カササギは韓国の国鳥なのよ、だから食べられることはないわ」とT女が答える。

食事が始まるや、彼女たちはまず筆者が勤めをやめたことを話題にした。

「風の便りでおやめになったと聞いたんですけど、いつごろのことなの」とM女が言う。
「退職の日付は11月末日だけど、実際には11月のはじめから出勤しなかったよ。その間中国に旅行してたんだ」
「中国旅行はどうでした」みな口をそろえて聞く。
「とても快適だったよ。風景は最高だったし、食事もよかったし、ホテルも一流、同行した人たちもみないい人だった。それでたったの4万5千円ですんだんだから、信じられないくらいだよ」
「そんな旅行だったら私たちもいってみたいわ。いいプランがあったら教えてくださいな」
こんな具合に話はときどき脱線する。

「でも何故やめる気になったの」とY女が言う。
「大した理由はないけど、自分の時間が欲しいと思ったんだ。もう60を過ぎてそろそろ知的能力も衰え始めたし、自分が積年やりたいと思っていたことを今しなければ、きっともう時間の余裕がなくなるんじゃないかと思ってね、それで思い切ってやめたんだ。女房も理解してくれたしね」
「へえ、奥さんは何て言ったの?」とT女が興味を示す。
「わたしが養ってあげるから、あなたは好きなことをしなさい、っていってくれたよ」
「おのろけね、そのかわりに家事をするように要求されたんじゃないの?あなたは料理するのが好きだっていっていたから。毎日のおさんどんをやっているんでしょ?」
「いや、料理は許してくれないよ、それは女房の仕事だってね。それで風呂掃除を担当することになったんだ。」

「毎日が日曜日なのね。いまはまだいいかもしれないけど、そのうち時間を持て余すようになるわよ、きっと」とY女がいう。
「いやむしろ時間が足りないくらいさ。」
「どんなふうに時間を過ごしているの?」とT女が口をはさむ。
「朝7時に起きて、トーストとコーヒーの朝食を食べ、午前中は文章の執筆をするんだ。11時半から一時間散歩をし、帰った後自分で昼飯を作って食う、そのあとちょっと昼寝をして、午後は読書、11時前には寝るようにしているよ」
「あいかわらず寝ている時間が長いのね。」

「ところでお昼には何を食べているの?自分でご飯をつくるんでしょ?」
「ああ、だいたいメニューのローテーションを決めてるんだ。一週間でメニューが一巡するようにしている。一日目は日本そば、二日目はラーメン、三日目はスパゲッティ、四日目はうどん、五日目はチャーハン、六日目はおかゆ、最後の一日は外食するようにしているんだ」
「何が一番得意なの。」
「スパゲッテキは得意だよ、とくにトマト味の奴がね、まずトウガラシと大蒜の刻みをオリーブオイルでいため、それに玉ねぎの千切りを加えてさらに炒め、ホールトマトの缶詰を加えてトマトソースを作る、そうするとアラビアータソースができあがるんだ。それをベースにして、アサリの缶詰を用いればボンゴーレ・ロッソが、シーフードを用いればペスカトーレができあがるというわけだよ、ベーコンとなすや、ベーコンとピーマンと玉ねぎとシイタケの組み合わせもなかなかいい」

生ビールで乾杯した後、料理を八皿ばかりたのんだ。野菜サラダ、和風の漬物、ジャーマンポテト、牛タン、カキフライ、カマンベールチーズのオイル炒めトマト添え、それにパスタとピザだ。彼女らはみなうまそうに食べている。すごい食欲だ。

「食欲が旺盛なうちは、生きているのが楽しいものよね」とT女がいう。
「食欲がなくなったら終わりだわ。」とY女がいう。
「そうなったら、お迎えが来るのを待つほかなくなるよね」とM女がいう。
「そうだよ、食欲と性欲はいくつになっても大事だよ、うまいものを食べて、とろけるようなセックスをする、そこに生きていることの喜びがある」と筆者がいうと、またどさくさに紛れてへんなことをいうのね、といった様子でT女が筆者を睨みつける。

「それにしても、あなた少しふっくらとしてきたみたい。」と三人そろって筆者をみる。
「やることがなくなって、ストレスもなくなって、のびのびと過ごしている証拠よ」とT女が言う。
「そんなことはないさ、僕は僕でそれなりに時間を配分して、色々なことをやっているんだから」と筆者は弁解する。

こんな風に歓談しているうちに、時間は八時をまわった。この日は食事をした後洒落たショットバーにでも入ろうと思っていたので、席を立って外へ出た。そして再び高速道路沿いに、今度は新橋方面へ向かって歩き、一軒の洒落たショットバーに入った。

止まり木を思わせるような高くてほっそりとしたチェアにそれぞれがちょこんと座り、カクテルを飲みながら世間話の続きをした。店の中は若い男女のカップルでいっぱいだ。我々のような老人老女の組み合わせはほかにはいない。それでも遠慮することはない。老人老女にだって人生を楽しむ資格はあるんだ。

「カクテルはどんな目的から作られたか知ってるかい?」と筆者がいうと、
「女を酔わせるためにでしょ?」と三人が口をそろえて答える。
「良く知っているね、カクテルは甘いからすいすいと入ってしまう、調子づいて飲むと腰をとられる、そこが男たちの狙いなんだ」
「でもご心配ご無用、調子づいて飲んだりしないから」と熟女たちは答える。

「ところで次回は梅の花の咲く頃に会うとしようよ。今年は梅の花を見た後で例の大地震に遭遇しちゃたけれど、来年は心置きなく眺めていられるんじゃないかと思うよ、大した根拠はないけど」
「是非そうしましょうよ、暖かくなったら連絡を取り合って日程を調節しましょう、きっと素敵なピクニックになると思うわ」
こんな具合に、最後には梅の花見の再会を約して別れた次第だった。





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