豊穣たる熟女たち
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豊穣たる熟女たちと:本八幡「うえだ別館」にて

例の「豊穣たる熟女たち」と本八幡の「うえだ別館」で小宴を催した。この界隈では、人気のある割烹料理屋だそうだ。だが神田岩本町を根城にしているものが、何故市川の本八幡まで足を運んだかといえば、それには多少のわけがある。

神田岩本町といえば、都営新宿線の岩本町駅が最寄り駅だ。本八幡はその新宿線の千葉県側の始発駅だ。筆者の事業所に勤めているものは、新宿線沿線から通っている者が多いので、岩本町も本八幡も、心理的な距離においては、同じような位置づけにあるということになる。だから本八幡で飲むのは、例えば銀座で飲むのに比べれば、ずっと身近で便利なことなのだ。

それに加えて、筆者はつい先日、なにかの会合で本八幡の「うえだ別館」を利用したことがあった。この店には、例の熟女たちも何度か入ったことがあるらしく、筆者がそこで飲んだといったら、自分たちも是非またいってみたいなどといいだした。彼女らの印象では、この店は結構評判がいいらしいのだ。

そんなわけで、仕事が引けた後、四人で新宿線の列車に揺られながら、本八幡まで出かけた次第だった。

二階の部屋に通されると、仲居さんが入れ替わり立ち代り部屋に入ってきて、料理を次々と運び入れる。メニューは先日とまったく変わらないが、まあまあといったところ。そのなかで、和え物に使われている貝の名前がなんというのか、4人の間で話題になった。食感がアワビに似ている。

筆者はアワビに違いないと、生半可なままに断言したのだったが、M女はツブ貝だといってゆずらない。仲居さんに聞いてみると、これも俄かにはわからぬという。まあ名前などどうでもいいから、ともかく料理の味を楽しもうやと、目の前に出された品々に箸を伸ばしていたところ、ややして先程の仲居さんが現れて、やはりツブ貝だといった。

M女は得意げに筆者を見ると、名前もわからないで食べているよりは、素性をわきまえて食べるほうが、納得できるしょなどという。そうかもしれないね。

こんなわけで、話題はまず料理のことから始まったが、そのうち器に添えられた色紙に描かれている花の絵が機縁になって、花について語るようになった。花を語りだすと、みなそれぞれに一家言があるらしく、とどまるところがない。

筆者は季節の折々に描く花の絵をブログに載せているし、T女は一人娘が花屋を営んでいる。Y女もランがとりわけ好きなようで、花を語るのは楽しいといった風情に見える。ひとりM女のみは、貝の味ほどには花には興味をもてないようだ。

だが花を語るうちに、そのちょっとしたところがきっかけになって、話題はしばしば仕事のことに脱線する、というか現実に引き戻される。これはまあ、勤め人の宿命みたいなものだ。

筆者は飲んだ席でまで仕事の話をするのは大嫌いなので、そのたびに話題を優雅な方面へ引き戻そうとするのだが、日常の鬱憤を突然思い出した彼女らは、なかなか仕事の話をやめようとしない。

まあ、あなたたちの気持ちは、十分わかっているつもりだよ。なにしろ大勢の個性ある人たちを相手に毎日がんばっているのだから、ストレスもたまることだろう。だから多少の愚痴をいってもいいよ。でもあまり夢中になって、仕事の愚痴ばかりこぼしているのは、熟女らしくないよ。

とまあ、こんな調子で、今宵も更けわたるまで、熟女たちと飲み交わした次第だ。





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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2012
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